ヒトと猿以外のほとんどの哺乳類は、色盲らしい。
「色盲」と言っても完全に色がわからないわけではなくって、
ある特定の色なら判別できる哺乳類もたくさんいるのだとか?
よく知らないけど。
わたしがそれを知ったのは、小さい頃。食肉用の牛を飼っていた父親に
『牛はなァ。赤い色がわからんのや』と聞いてだった。
びっくりした。闘牛の牛は赤い布に興奮して突っ込んでくるものだと思ってたから
赤い布を使うのは「にんげんが」興奮する色だからで、
どうやら牛のほうはあの「ヒラヒラ」に反応しているだけとのこと。
牛の世界は白黒なのだ。意外だけど。
わたしには親友と呼べるほど大切な友人がいる。
彼女と出会ったのはもう10年前で、高校に入学したときのクラスメイトだった。
その子は生まれたときから目の病気を患っていて
近い将来 見ることができなくなるそうです。
それを知ったのは出会ってすぐの頃で あの頃は実感もなく、ただ「ふぅん」と
「今 ここに彼女がいること」「まだ見えていること」から
病気に対して触れることも 深く知ろうとすることもしなかった。
悪い言い方をすれば「今が楽しければそれでいい」
良く考えれば「将来 もしかして治るかもしれない」そう思っていたのかも知れない。
その彼女に 数年前聞いた話。
『ひとは、みんながみんな同じ色を見てるわけじゃない』

小さい頃 ステレオ写真が載った本やアナグリフの絵本を数冊、持っていた。
アナグリフの絵本はドラえもんで
お風呂に入るしずかちゃんや ねずみの登場に慌てふためくドラえもん
のび太くんがジャイアンに追いかけられる姿は、いつもに増して切なく見えた。
なかでもタイムマシーンに乗っているページが凄くて
ほんまにどこかに吸いこまれていくような そんな感覚になれた、気がする。
アナグリフは
左右に赤と青のセロファンが張られためがねを通さなければ、
両の目を使わなければ、わからない。立体像にみえない。
写真でもある程度の立体感とか奥行きは見て取れるけれど、
ホンモノとは 自分が目で見て感じたそれとはなにかが違う
どこか平面的な気がする。
にんげんの目は とても優れた機能を備えていて
脳がほしい・必要な「色」「ひかりの強さ」などを自動で調節しているらしい。
だから、時に肉眼で見たモノと撮ったしゃしんが違う!なーんてこともあったり
暗がりで「だんだん目が慣れて見えるようになる」みたいです。
専門的なことはよくわかんないんだけどね(汗)
だから間違ってるかもしれませんが・・・。←じゃあなぜ書く
見えるもの みえないもの 見ていないもの 見ないもの
いろいろあるけれど、目では見えない部分も「見れる」ひとでありたいです。
…ってなんかまとまりが悪いなあ(汗)
↑
ちなみに中ほどに貼ったしゃしんはこれ。
8月に堂島リバーフォーラムってところでやってた展示会の、団扇です。
行きたかったんだけど行けなくて、記念に団扇だけもらってんw
毎年夏になると、ティッシュに代わり団扇が増えます。
ことしもたくさんもらったから処分しなきゃーって思ってるんだけど、
この団扇だけはとっておくつもり。
ではでは。また書きますねー。
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